連載企画「半導体産業の現状と未来」第 2 回:半導体産業は変化が速いのが最大の特長 ~IT のスピードが肝心~

2022 年 9 月 22 日 - 午前 8:00

連載企画「半導体産業の現状と未来」の第 2 回目です。
半導体・エレクトロニクス産業を長年に渡り取材してきた、国際技術ジャーナリストの津田建二氏が、半導体業界の歴史や半導体技術、さらに未来を語ります。

第 2 回:半導体産業は変化が速いのが最大の特長 ~IT のスピードが肝心

IT 産業はドッグイヤーと言われます。犬の寿命は人間の約 1/3 しかありません。ですから犬が 1 年過ごす時間は、人間が 3 年過ごす時間に等しいという考え方です。つまり従来の産業とは 3 倍くらい速いスピードで IT は動いている、という意味です。これは半導体産業も同じです。半導体をけん引する産業が電機から IT に変わってきたからです。

かつての日本の半導体は総合電機の一部門であり、総合電機は家電や公共事業に収める製品を主に作っていました。ある家電メーカーは 2 番手戦略を取っていました。先頭に製品を開発する企業の真似をして、同じような製品を大量生産し、数量で勝負して市場を席巻してきました。

しかし、パソコンの登場と共に、世界の半導体のけん引役は電機から IT に移ってきました。しかし、長い間、二番手戦略でも十分戦えるほどののんびりした時代から、市場に出すスピードが求められる時代へと変わったことに気づかず、日本の家電や公共事業の総合電機メーカーが没落し、半導体も同様に沈んでいきました。

今や、半導体産業はIT産業と同じタイミングで製品開発が求められています。今求められる最優先項目は Time to market(T2M)です。いかに市場に早く出すかが、勝負のカギを握るからです。もはや 2 番手戦略は通用しません。

最適な品質管理を提供する

だからと言って、品質管理の手を抜いて不良品を世の中に出してよいはずはありません。かつての日本は品質管理には十分注意を払い、何度も信頼性試験を繰り返し、高品質の製品を作ってきました。公共事業向けの製品は言うまでもなく、家電品のような民生品でさえ寿命 10 年以上を達成してきましたため、世界中から受け入れられました。しかし、IT 製品へと移るのに従い、パソコンやスマートフォンの進化が早く、2~3 年で陳腐化するようになるともはや 10 年寿命の製品は要りません。それよりも新製品が欲しい消費者が増えてきたからです。T2Mが最優先課題へと移ってきたのです。

しかし、残念ながら日本の総合電機メーカーはこの変化に全く対応できませんでした。新しい動きに素早く対応するというアジャイル(agile)な考え方を採り入れていなかったのです。「時間をかけて良い製品を作る」、という考え方から脱却できなかったため、企業文化を変えることの難しさを痛感しました。しかし最近は、過剰な品質から最適な品質へと変わりつつあります。

動きの遅い親会社に支配された悲劇

特に日本の半導体部門は総合電機の一部門にすぎません。家電部門や公共事業が強い総合電機はITとは正反対の企業文化です。しかも総合電機の経営トップは公共事業出身者が多く、IT部門や半導体部門とは正反対でした。しかも半導体は、公共部門や家電に使う「部品」の一つを考えていて、半導体工場への過大な投資を経営者は苦々しく思っていました。

また、家電にもデジタル化の波は押し寄せ、アナログからデジタル回路への置き換えが進みました。アナログのレコードから、デジタルの CD や DVD へ、アナログテレビから HD のデジタルテレビへと、移っていきました。当初は CD や DVD で日本企業がリードしましたが、家電部門が自社向けの規格にこだわり、半導体部門は自社向けの規格のチップしか生産できませんでした。ところが海外のある半導体メーカーはあらゆる規格に対応するチップを設計・開発したため、家電の大企業でなくても中小企業やスタートアップがそうしたチップを採用し安く CD や DVD を生産できました。日本の総合家電はデジタル化の波に乗ることができませんでした。

日本の総合電機の出番はなくなりました。つまり、デジタル化、電機から IT 化への動きに乗れなかったのです。携帯電話でも、2007 年の Apple 社による iPhone というスマートフォンにも対応できず、世界市場へ出ることができませんでした。ある専門メディアは「iPhone には新しい技術は何もないね」というコメントを掲載しました。翌年の通信機器の展示会である Mobile World Congress では米国のある半導体メーカーが Android の開発ツールを早速出展していましたが、日本の携帯電話メーカーは昔ながらのガラケイ(feature phone)しか展示していませんでした。日本で最初に Android スマホが発売されたのは 2009 年 7 月、台湾のスマートフォンメーカーの製品でした(参考資料1)。

日本的経営から脱却へ

日本の半導体が再び世界市場で活躍するためには経営者が考えを改めなければならないでしょう。これまで、経営者が新しい考え方を取り込み、社員の古い考えをアップデートしていく、という作業のリーダーシップを取ってこなかったことに最大の原因があります。経営のプロが経営者にならず、社員の中から優れた専門家を経営者にしたからです。優れた専門家が優れた経営を行う訳ではありません。任期が 3~4 年と短いと 10 年先を見た製品開発やリーダーシップを発揮できません。足を引っ張る反対勢力が必ずいるからです。

これからは、もっと長期的に会社を IT の方向に合わせるという作業にリーダーシップを発揮し、チームを組んでやる必要があります。そのためには経営という業務のプロを外部から連れてくるという手もあります。古い日本的経営ではなく、新しいIT型の経営スタイルのできる人間を海外から連れてくるという手もあります。特に米国では経営者は経営という職種の専門家が多いのです

日本しか知らない経営者ではほとんど無理でしょう。海外の経営スタイルや資金調達方法を知り、ビジョンを持つような視野の広い人材で、しかも社員の心をつかみ一つの方向に持っていける人材が望ましい。そしてテクノロジーの進む方向を捉えられる人たちを活用し、シリコンバレーの企業に勝てるようなテクノロジー企業を指向する志を持った人が半導体企業のトップに来るべきです。

ただ、最近では米国に留学していた人たちが戻ってくる人材が多くなり、そのような経営のプロが日本でも登場しつつあります。日本の未来は決して暗くありません。


参考資料:日本初のAndroid OS搭載スマートフォン

著者:津田 建二
国際技術ジャーナリスト、セミコンポータル編集長
現在、英文・和文のフリー国際技術ジャーナリストとして活躍。長年、半導体・エレクトロニクス産業を取材。ブログやメディアを通じて半導体産業にさまざまな提案をしている。海外の技術ジャーナリストとも幅広いネットワークを持つ。

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